こどもの斜視(Strabismus)
斜視とは何らかの原因で、眼の位置がまっすぐでない状態をいいます。片眼が内側に変位している状態を内斜視(esotropia)と言い,反対に外側に偏位している状態を外斜視(exotropia)といいます。上下に偏位しいる場合は上斜視(hypertropia)といいますが、内斜視、外斜視と比較して頻度が少ないのでここでは省略いたします。これから順に小児眼科外来で最も多く遭遇する型の内斜視と間歇性外斜視について述べます。
I.乳児内斜視(Infantile esotropia)
乳児内斜視を最初に報告したのは米国の眼科医、Costenbaderです。Costenbaderは初期は先天性内斜視(Congenital esotropia)という名称を使用していましたが、、実際に生直後に斜視が認められる事は稀であり、その後、乳児内斜視(Infantile esotropia)という呼び方で分類されています。乳児内斜視の特徴としては一般的には斜視の発症は生後4ヶ月以後の事が多く,斜視の角度は大きく、40度を超すものも多く認めらます。乳児内斜視には遠視が認められる事が多いですが、遠視の程度は様々でほとんど遠視の認められないものから、かなり遠視が強く、眼鏡による矯正が必要となり、後で述べる調節性内斜視と混同するようなものまであります。写真1は典型的な乳児内斜視の眼位を示したものです。

斜視眼(内側によっている眼)がある一方に限定する場合にはその眼の視力が低下しており、いわゆる斜視弱視が認められる事があります。しかし一方斜視眼が左右ほぼ均等の頻度の場合には、交代固視といって、弱視を生ずる事はあまりありません。また乳児内斜視には下斜筋の過動症(Inferior Oblique Overaction)、交代性上斜位 (DVD,Dissociated Vertical Deviation)および外転の抑制と伴う事もしばしばです。
(下斜筋過動症)

(上、右眼にカバーがあります。 下、左眼にカバーがあります)


乳児内斜視の治療は原則的には外科的治療法です。以前は生後1歳未満で行う早期斜視手術法が多かったのですが、近年では手術時期はもう少し遅く、だいたい2歳前後に行われる傾向にあります。斜視手術を行う場合には原則的には弱視は治療されている事が望ましく、もし斜視弱視が残存する場合は遮蔽法(パッチング)により弱視眼の視力を改善させておく必要があります。また遠視が認められる場合には、其の程度に関わらず,遠視矯正眼鏡を装用して、其の上で残存する斜視角に対して手術を行うべきであり、眼鏡で矯正出来る部分に対しては手術を行うべきではありません。
手術法は斜視角が40プリズムヂオプター以内の場合には両眼の内直筋を後ろにずらす、後転術(recession) を行い、斜視角がそれ以上の場合にはさらに片眼の外直筋の短縮術(resection)を加える事があいます。下斜筋過動症, 交代性上斜位を伴う場合には、下斜筋の後転術も,上直筋の好転術も行われますが、傾向としては2度に分け手行う方が一般的かと思われます。
Ⅱ.調節性内斜視(accommodative esotropia)
遠視が存在する為に、調節が眼位の異常に大きな影響を及ぼす場合に調節性内斜視といいます。通常の場合には(正視とよびます)遠方から発した平行光線は網膜上に像を結びますが、遠視を有する場合には遠方から発した平行光線は網膜の後方に像を結びます。この場合には調節(水晶体の厚さを増やして、屈折力を増す)することにより網膜上に焦点を結びます。遠視の人が近く対象物をみる時はさらに調節力が必要となります。視覚中枢にて調節の要求が増加すると、輻湊量(つまり内寄せ)も増加します。これを調節性輻湊(accommodative convergence)といっています。もし調節性輻湊による眼位の変化(内斜視の眼位ですが)が遠視の矯正により完全に矯正された場合、これを完全調整性内斜視(fully accommodative esotropia)といいます。

写真は調節性内斜視の眼位を示したもので、上の写真は眼鏡非装用時そして下の写真は眼鏡装用時のものです。内斜視は遠視の眼鏡を装用する事により完全に消失しています。
Ⅲ.部分調節性内斜視(Partially accommodative estropia)
内斜視患者が有している遠視を完全に眼鏡により矯正しても明らかな斜視が残存していれば、これは完全調整性内視ではなく部分調節性内斜視(partially accommodative esotropia)といわれ、眼鏡にて矯正できない部分はプリズム装用あるいは手術により眼位を矯正いたします。このような症例を眼鏡のみにて治療し、残った斜視を放置していると、微小角斜視(microtropia)を引き起こす事がしばしばであり、注意しなければならない点であります。
Ⅳ.微小角内斜視(Microtropia)
微小角斜視(microtropia)とくに微小角内斜視はその病態そのものがはっきりと確立しておらず、また診断が比較的難しいため、多くの場合は見逃されている事がほとんどです。
微小角内斜視はその名の示すように、斜視角が5度以下であるので、角膜反射法では見つける事は困難です。微小角斜視は不同視を伴う事がほとんどであり、それに伴う弱視が認められることが多く、不同視弱視として治療されている事がほとんどです。両眼視の検査では調和性異常対応(harmonious abnormal retinal correspondence)がみとめられます。固視検査を詳しく行ってみると、中心窩のやや鼻側で比較的安定した偏心固視をしている事が多く認められます。
確定診断法としては4 プリズム基底外方試験がありますが、ここでは詳しく述べない事とします。
重要な事は微小角斜視は多くの場合は不同視弱視として治療されており、視力が改善しないため積極的に遮蔽法がおこなわれています。このような症例に遮蔽法を行うと、斜視眼に存在するといわれている、機能性暗点を排除して、複視が出現することがあり、これはintractable diplopiaとして非常に対処しにくいものであり、ぜひともさけなくてはなりなりません。不同視弱視と思って治療している症例で視力の改善が思わしくない場合は、この微小角斜視を疑う必要があります。ではこの微小角斜視についてはどのように治療するかということですが、弱視が存在し、不同視がある場合には不同視を光学的に矯正して、注意深く弱視治療を施し、弱視眼の視力が0.7〜0.8に改善したら、それ以上の弱視治療をしないで経過観察する方が良いと思われます。斜視に関してはその角度は安定している事が多く、多くの場合は手術を必要としません。この疾患はまず医師あるいは視能訓練士が常にこのような疾患があるということを念頭に入れておくとこが重要なのです。
Ⅴ.急性内斜視(suddenonset esotropia, acute esotropia)
急性内斜視とはそれまで全く正位であった症例が,何らかの原因で急に内斜眼位をとる型の斜視である。この型の斜視は決して稀ではない。急性内斜視の原因についてはまだはっきりとした定説はない。ただ筆者の経験では、このような症例においては、斜視の発症する前に何らかの精神的、身体的ストレス(stressor)が存在するように感じている。例えば、非常に怖い経験、親に激しく怒られたような場合、殴られるなどの身体的なもの,またインフルエンザ等による高熱などを経験している。また患者自身の問題としては、性格的に神経質な、興奮しやすいなどの特徴があるような印象を持っている。この急性内斜視はまだ不明な点が多く今後の検討が必要である。
治療法については原則的に斜視手術が必要となる。筆者は急性内斜視が発症した時期(多くの場合に、親は発症の日時を)記憶している事が多い)から少なくとも6ヶ月は経過を観察し、斜視が存続する場合には、斜視手術を行うようにしている。治療結果は良好な事がほとんどである。
Ⅵ.隔日制内斜視(Cyclic Esotropia)
隔日制内斜視は比較的稀な型の内斜視であり、その発症メカニズムについてはまだ不明な点が多い。臨床症状は、発症時期は筆者の経験では4−10歳くらいと発症年齢についてはひろい範囲である。最初は時々内斜視が起こり、時間の経過とともに隔日性のパターンをとる事が多い。斜視–非斜視のパターンは48時間パターンが最も多く認められる。これは斜視の認められる日(bad day)と斜視の認められない日(good day)が48時間おきに交代するものである。このパターンはかなり正確に繰り返されるが、筆者に経験では次第に恒常性内斜視に移行する事が多く、最終的には斜視手術が必要となるが、斜視手術の結果は良好な事が多い。また精神的、環境的要因も関与しているのではないかと考えています。
Ⅶ.間歇性外斜視(intermittent exotropia)
間歇性外斜視はその名のごとく、ある時は正位で、ある時は眼位ずれを示す型の外斜視であり、斜視の中で最も頻度の高いものです。一般に間歇性外斜視の発症は1歳をすぎてからがほとんどでありますが、1歳以前に親が眼位の異常に気づく事もしばしば経験されます。眼位ずれを起こすのは主として遠見時であり、眠いとき、疲れたとき、注意力が低下したときに認められることが多い様です。また明るいところに出ると、まぶしそうに片目をつむる現象もよく知られています。眼が外斜する頻度は様々で、瞬きなどですぐに正位に戻るものもあれば、しばらくは外斜の眼位をとるものも多く様々です。一般にその形によって3つのタイプに分類されています。遠見時と近見時の眼位ずれの大きさがほとんど同じような場合には、これを基本型(basic type)といい、遠見時の眼位ずれが近見時の眼位ずれに比べて大きい場合には開散過多型(divergence excess type)といいます。その逆に遠見時の眼位ずれが近見時の眼位ずれに比べて小さい場合には内よせ不全型(convergence insufficiency type)といわれています。
下に示す写真は典型的な間歇性外斜視の眼位を示したもので、下右は眼位が正位の時のもの、そして下左は眼位が外斜位のものを示します。

治療法としては非手術療法としては内寄せ訓練法(convergence training)があります。これは児の眼前約50cmから固視目標を徐々に近づけていく方法であり、なかなか定期的に行うのは根気がいります。多くの場合には手術が必要となりますが、手術をするかどうかという判定は、眼位ずれの大きさが最も重要な要素です。眼位ずれが30プリズムヂオプター以上の場合には手術の適応といってよいでしょう。間歇性外斜視の場合には眼位ずれのない時間もあるため、弱視を起こす事はまれであり、そのため両眼視機能も良好な事がほとんどです。このように間歇性外斜視の場合には乳児内斜視の場合と比較してより整容的な要素も強いため、その手術の決定については患者の両親の理解も得ておく事が重要な事です。
手術法は斜視角が40プリズムヂオプター以内の場合には両眼の外直筋の後転術(recession) を行い、斜視角がそれ以上の場合にはさらに片眼の内直筋の前転(advancement)を加えるのが標準的な手術法です。まれに下斜筋過動症を伴う場合には、下斜筋の後転術も同時に行います。
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